ロンドンのストリート・アート/ロックダウン風景 part. 2

リークストリート、トンネルの中のグラフィティロンドン、London Leak street grafiti

20回目の投稿です。

 

 

 

こちらは、ボブ・マーリーのバックバンドの一員として世界を回ったレゲェ最高のトロンボーン奏者の一人ビン・ゴードンのソロアルバムからです。

 

西ロンドンの良く行っていたバーでのライブの日は過去最高の客入り、ポール・ウェラーが来た時を凌ぐ勢いで、サックスは昨日の記事で書いた「MEGUMI」さんでした。

 

僕のバンドのアルバムでも一曲だけプレイしてくれています。

 

 

 

 

この写真はテムズ川南にあるリーク・ストリートというトンネル内ならばどこでもスプレー・ペイントで絵を描き放題という高架下にある通りです。

 

 

ストリート・アーティストには天国のような場所ですね。

 

 

以前にも少し触れていましたが今回は友人のアーティストAITO君との出会いについて書こうと思います。

 

DAY13 & DAY28

 

10年ほど前に札幌から友人が遊びに来ており僕と彼はリージェント・パークという公園を散歩していると、手漕ぎボートに乗れる湖があるのを思い出しボート乗り場へ向かいましたが、真夏だった事もあり長蛇の列が作られていました。

 

諦めかけているとよく見れば列前方に女の子と一緒に並び鼻の下を伸ばしている日本人らしき男が並んでいました。

 

 

突然現れ「友達のフリして並ばせてくれない?」という非常識すぎる上半身裸の男の頼みを引きつった笑顔で了承してくれた彼はその時二十歳になったばかりでした。

 

 

因みに僕はそれ以来如何なる場所でも横入りはしていません。

 

 

手漕ぎボートの順番が来る前に彼と少し話をしました。

 

 

ロンドンに来てまだ二週間、渡英の目的を尋ねると「世界一のストリート・アーティストになりに来た」と言います。

 

 

僕は言いました。「お、おお・・・」と。

 

 

 

「日本では描ける場所がそもそも少ない、というか無い」「普段から本物のストリート・アートに触れていたい」と話し、「どこかスプレーで好きなだけ描ける場所を知りませんか?」と聞かれました。

 

18歳に時に原宿で初めてストリートアートを実践したところすぐに警察に逮捕されたそうです(笑)

 

 

そこで教えたのがここ、ロンドンテムズ川近くにあるLEAK STREETです。

 

天井から床まで全てストリート・アートで埋まっています。

出入り口

カラフルなトンネルとグラフィティアート、ロックダウン中のロンドン

 

反対側

カラフルなトンネルとグラフィティアート、ロックダウン中のロンドン

 

普段は談笑しながら、または真剣な眼差しで作品を描くアーティスト達、冷やかしに来るスケーター、ヤク中、アル中にホームレスなども居たりするのですが朝の5時、ロックダウン中のLEAK STREETは時が止まっているように静かで、映画の中のセットのようでした。

 

ですがやはりこの場所にはスプレー・ペイントやマリファナ、アルコールの匂い、スケートボードがコンクリートを擦る音やスプレー缶の噴射音が似合いますね。

 

 

AITO君はワーキング・ホリデーを使い2年間という期限付きでロンドンにやってきました。

 

「もう明日から行きます!」と言っていた彼とはたまに彼がアルバイトをしていたスーパーで会ったり、一緒にパブに飲みに行ったりしました。

 

その後2年間彼はアルバイトをしつつこのストリートを主戦場に作品を描き続けます。

 

 

カラフルなトンネルとグラフィティアート、ロックダウン中のロンドン

 

カラフルなトンネルとグラフィティアート、ロックダウン中のロンドン

 

そしてしばらくお互い顔を合わせておらず彼のビザの期限もそろそろ切れる頃だな、と思っていたある日、彼が「個展をやるから見に来て欲しい」と連絡をくれました。

 

日本に帰国前にロンドンでやって来た事の集大成を見せると言います。

 

個展をやっていたアート・ギャラリーは偶然僕の地元西ロンドンだったので友人を何人か誘って見に行きました。

 

地上1階と地下、廊下にも彼の作品がたくさん置いてありどれも素晴らしいものでした。

 

それまで彼の作品を全て知っていたわけではなかったのでかなり驚きました。

 

「AITO君、なまらカッコイイね!!」

 

「あざっすJAYさん!『なまら』って何ですか!」

 

「失礼だけどさ、例えばこの絵20万くらいだけど値段ってやっぱ自分でつけるの?」

 

僕は絵やアートについて本当に興味を持ち始めたのは彼に出会ってからでこの時はアート作品の値段など見当がつかなく、正直「絵ってこんなに高いんだ」と思いました。

 

「そうっすねー、値段をつけるのにも順序があるんですけどコイツはこれくらいかなーと。」

 

「へぇー、じゃあこの端っこに貼ってある『赤い星形』のシールは何?」

 

「ああ、それは売れたら一枚ずつ貼ってくんスよね。」

 

「1、2、3、4、5、6、7、・・・・・・え?・・・ええ!?まじ!?こんなに売れてんの!?他の絵も!?」

 

「いやぁ本当感謝っす!」

 

「俺もめちゃくちゃ嬉しいよ、でもまだアルバイトしてるって言ってたよね?」

 

「ロンドン来てすぐ今のバイト先のオーナーが英語も話せない俺を雇ってくれて良くしてくれたじゃないですか?だからもう働く必要はないんですけど、帰国までは働こうって決めてるんですよ。」

 

 

彼を取り巻く環境はビザが切れる最後の半年間でストリートで名前が広まると共に一変していきました。

 

多くの記事が書かれて「日本のバンクシー」と称されました。

 

 

ストリートでの活動を続けつつ、ショップの店内壁画製作、地域の自治体に頼まれ空き物件の外壁に壁画を描いたりもしていました。

 

「XART」と言うフランスで去年上映された世界のストリート・アーティストを特集したドキュメンタリー映画で、AITO君は日本人でただ一人選ばれました(1:32から彼が出ています)。

 

こちらは僕の住んでいるエリアの建物の外壁に彼が自治体に依頼されて描いた地元では有名な作品です。

 

 

 

「YOU WILL NEVER KNOW UNLESS YOU TRY / やってみるまでわからない」

 

 

ロンドンの街中の有名なグラフィティアート

 

 

帰国後は大忙しになるのかと思いきや・・・・・僕たちはヨーロッパのようなストリート・アートの文化が日本には無いことを忘れていました(笑)

 

 

彼は思った以上に未だストリート・アートが浸透していない日本を再び離れ2年間ドイツを拠点としてヨーロッパ各地で作品を作りました。

 

 

日本は確かにどこも綺麗で安全ですが、僕は彼のようなアーティストが活動する場がもっと多くあるような社会でも良いと思いますし、コロナ収束後の世界もまだアーティストやミュージシャンが活動する場が残されている事を祈っています。

 

アーティストという職業の人間はますます生きづらい世の中になっていきそうですが、彼がこれからも絵を描き続けるように、僕たちミュージシャンも世の中には音楽が必要だと信じて続けていこうと思います。

 

 

 

お付き合いありがとうございました。

 

 

 

 

 

Jay